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報 告
去る2月19日、社会教化学習会が教務所教研室にて開かれました。組長、副組長などを含む13名の参加をいただき、「同朋会運動50年の歩みに学ぶ」というテーマで吉田康徳部長による提言と座談という内容でおこなわれました。
同朋会運動50年という時間が経過しそのことから今、私たちが何を問われているのか。今回の学習会は私にとって最初の学習会でもありたくさんのことを考えさせられた貴重な時間となりました。
前半の提言では先に開かれた同朋社会研修会でご講義をいただいた黒田進先生の「同朋会運動と自分」ということから始まり沖縄での集団自決の問題をあつかった大江健三郎氏の「沖縄ノート」にふれながら、イデオロギー同志でぶつかり合う社会のありかた、お互いに対立しあう中にいるものがどう開放されていくのか、という問いかけから始まりました。
そして、資料をもとに同朋会運動発足の経緯、わたしたちにまで届いてきた歴史を確認し、社会と真宗の関係を学びました。そこから宗教そのものが社会と響きあうように存在し、あらゆる出来事をとおして人間の私たちが願いをかけられていることを痛切に感じました。その私たちにかけられている願いとは一体何であるか。
阿弥陀の浄土から照らされたときに自己にどう聞こえてくるか。国家のエゴ、民族のエゴ、自身のエゴイズムを越えるというという人類全体の課題、教法により照らされて、初めてお互いが照らしあうような関係が成り立つのではないかと、吉田部長の提言から教えられた思いであります。
この現実社会に身をおき、ヤスクニと差別いう問題を目前にし、僧侶の私はどう応えてゆくのだという問いをあらためて問い掛けられましたが、では何から始めたらよいのかがよく分からない状態の私に対し、「まずは50年がたち、同朋会運動発足当時の情熱や問題意識が薄れていくなかで、改めて歩みを進めようとする時、歴史的観点を通し、他者との共通認識を持てるような学びが必要ですね。」という言葉を戴きました。常に他に流されやすく、また一方で自己流に陥ることに満足している私たちが気をつけなければいけない大切なことと感じます。
また提言の中での資料に使われた訓覇信雄師の講述(「現代と教団」S52・同朋会館)中で、歎異精神から起こった同朋会運動に関してサンガ・教団・個人のあり方について触れられている部分が大変印象に残りました。読み上げられた文章には「危機感による歎異感情として、もう一遍新しくいのちを回復しようと起こった運動である。自信の他には教人信はない、自分の信仰の深さだけしか人を度すことができない。」とあり当時の師の思いが私たちのところに今も届いていることを感じました。
提言の最後には沖縄集団自決のことが繰り返され、時と場所の隔たりはある私が実際にその場にゆき、自分の肌で感じそこで何を思うのかを考えてみたいと結ばれた。
後半の座談会ではそれぞれの立場から同朋会運動やヤスクニ、差別についての意見を交し合うことができました。話し合いのなか、如来の本願に出会い、感じてゆく、法により照らされる、お互いが照らしあう、十方世界お互いが成り立つ世界ということを確認して学習会の時間を終了しました。
限られた時間ではありましたがヤスクニと差別問題に携わってきたこの50年の歩みなかで私たちがどこで「共に」といえるのか、ということを強く問いかけられた今回の学習会となりました。
報
告 者:佐々木強
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