秋安居・報告
開催日時・・・・・2011年6月9日(13:30?17:30)・10日(14:00?17:00)
開場・・・・・・・・・・北海道教務所 3F教研室
講師・・・・・・・・・・福島 光哉先生
参加者・・・・・・・ 28名(執行部部員関係 4名)
参加寺院数・ 20ヶ寺
スタッフ・・・・・・野原量慧・ 庵 敦訓・石井康貴・磯石靖克
テーマ・・・・・・・「浄土方便の仏道」


・報告
本来、インドの僧侶が無駄な殺生を避けるため雨期に建物にこもり教えを学ぶというのが安居ですが、本講座は昨年本山で開かれた「夏安居」の内容を多くの人に聞いてもらうための講座であり、4組で秋安居を開催するのは3回目であります。
今回講題は「浄土方便の仏道」でしたが、具体的には『観経』がどのような位置付けをされていたかその歴史を尋ねるとともに、宗祖はどのような視点でこの経典を読まれたかについてお話を頂きました。
初日は、『観経』は広く読まれている経典であり、中国隋時代では天台大師智・嘉祥寺吉蔵・浄影寺慧遠に代表されるように、それぞれの道の大家の方々に注釈されているが、いずれも観仏三昧の経典としておさえられている。しかし善導大師はそれらの方たちを聖道の諸師とされ、四帖疏を書き古今楷定と謳われた。また日本に於いては源信僧都(比叡山でも有名だったが天台宗の僧侶である)の『往生要集』を見ると依りどころとしていたのは『観経』であり、観仏三昧の経典であるが往生の経典であると受け取られているとお話しされた。その後1時間ほど班別座談をして初日の日程は終了しました。次の日は「化身土巻」に『観経』がどのように解釈されているかを中心に講義を頂いた。特に「顕彰隠密」のところと第19願のところを丁寧にお話し下されて、「自力修行が破れたことにより、すでに弥陀の教えがあったと明らかになった。もともと弥陀の悲願があった。たまたまではなくきちんと用意されていた。」と宗祖にとって「浄土方便の仏道」とは本願念仏を信ずる人が生まれる為の全ての仏道を包んでいて、ことに当時の日本仏教を代表する顕密の諸宗教学や、自力の念仏を払拭し得ない念仏者のありように対して限りない悲しみを懐きつつ、真実信心を獲得するための「方便」として仏意を受け止めようとされたことは、仏教における「方便」という事を改めて反省せしむるのである、というお話を頂きました。
参加年齢層も幅広く老若交わる事業であると感じました。また日程中に参加者から「この事業は是非続けて欲しい」という声が寄せられました。
・反省点
御遠忌終了後ということもあり、案内発送や事前会議が遅れてしまった。もう少しゆとりを持って準備出来れば良かった。(北海真宗に案内を掲載したかった)
遠くから来て頂いて講義の時間が短いような気がする。
当日テキストを購入する人が多いので在庫を確認しておく。


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